いわゆる「オタク被差別史」ってこんな感じですか?

高度経済成長の60年代は景気がよくて、学生運動がさかんだった。70年代にはいってオイルショックがあって不況になり、学生運動も挫折する。「運動で世の中を変えてみせる」というファンタジーから、現実(リアル)にひきもどされた。青年の興味は政治から遠ざかり、日常的でパーソナルなものへ。反体制のシンボルだったロックから、グループサウンズとかフォークとか、テーマが恋愛とか日常的なものに。大学生になっても漫画を読んでいたり、個人の趣味に没頭するタイプの大人がでてくる。たぶんこのあたりにオタクというタイプの世代があらわれた。つまり第一世代なんではないかな? 


当時としては、それ以前の世代(団塊の世代とか)からすればちょっと理解できない「異質な存在がでてきた」、と思ったにちがいなく。つまり世代間の溝がかなり深い。さらに80年代はバブル景気もあり、アイドル歌謡とかさかんになりファンタジーの時代。ますます溝は深くなる。。それは、89年の宮崎勤の幼女連続殺人事件までの伏線だった。あの事件でもって「ほら、やっぱり。オタクって、ちょっとおかしい人たちだ」、という認識が広がった。「オタクはいつから差別されていたか?」 みたいな話は、事件の発生以前からあった世代間の溝に、始まりがあるんではないかと想像する。一方で、そもそもオタクという言葉の起源は、自分を他人と差別して「どうせオレはオタクだからさ」と、自嘲するような感じでつかったのが始まり、ではないかというが、竹熊氏の話。これが、80年代くらい? とはいえ、オタクとよばれるようになる以前から、オタクはいたにちがいない。


宮崎勤の事件以降、オタクに対する認識が「やっぱり・・・」になったところで、オタクの救世主として岡田氏があらわれる。世間に向けてオタクが自己表明する責任を一手にひきうけて、オタクワールドをわかりやすく啓蒙していった。「オタクってこんなにすばらしいんだよ。」と。オタキングをして、政治的とかアジテーターだというのは、この辺のことなんだろう。90年代当時、JPOPなどを筆頭に自己表現の時代だったということも重なり、「オタク?? こういうキャラっていてもいいよね」と受容されていく。オタクという趣味を世間に認知させるべく、オタク同士団結、、共和国をつくっていく。。。。が、それがつい最近の「オタクはすでに死んでいる」につながる話。


「オタ死」ついて、最近のオタクたちは「勝手に殺すんじゃない」と勘違いして、ヒステリックに反応した。おいらも、「オタクの自己表現はおわった」とか、「世代の問題」とか想像したんだけど、もっと根本にあるのは、オタクに対する差別と、自分たちの趣味に理解をもとめるオタク。という構図がそれまでにはずーっと、あったであろうことを思い直して、納得がいった。つまり「オタク」という言葉には、オタクたちが自分たちをもっと理解をもらおうという、政治的な運動みたいな意味がこめられていたわけ。その状況をうまく利用して、岡田氏はオタキングの地位を手に入れたと見ることもできるけど、だいぶ時代が変わった。萌えとかアキバ系とか、電車男ブームとか、オタク趣味が世間に広がり、理解??されるようになった。ここまで浸透したのも、それまでのオタキングの存在が大きいかと思う。で、運動としての「オタク」は終わる。(もちろん趣味としてのタクはつづく。)


これが本当の「オタ死」の正体なのか?? とするなら、ナゾの多かった「オタ死」もかなり筋がとおって見える。いまさらながら、振り返ってふとそう思った。