スタジオぴえろの魔法少女シリーズは神

10年代が始まってしまった。どんな時代がやってくるんだろうかって、さあ? 評論家の宇野氏は、2009年はかつてのリメイク総決算の年だったとかいっていたっけ? これからは、新装開店みたいな新しいことがやってくるんだろうか。とかいいつつも、80年代の少女アニメをふりかえってしまう、後ろ向きな姿勢はかわらず、いやいや温故知新ですよ。うんこじゃないですよ。よみまちがえないで。


大人が子供に漫画とかアニメを見せるというのは、そもそもは社会というものを良く知らない子供が、現実という世界に順応できるように、いってしまえば「ソフトランディング」できるようにするため、学習させるみたいなところにあったかと思う。いきなり、生生しい現実を見せるよりも。。。と思うからだ。


たとえば、キャラクターという非人間的なもの気持ちを考えることは、他人の気持ちを考えるに等しくて、それがまた人間関係をどうやって作っていくかの訓練になるはずだ。「自分がいやなことは、他人もいやなこと」「他人がいやがっている」「かわいそう」「助けてあげなきゃ」というような思考のプロセスのようなものができたりして、社会というものへを拡大していく。


たとえばの話だけど、そういう理由で子供にはアニメや漫画をなんとなく与える。お話を聞かせたりすることは、大人の視点では考えもしなかったようなものを子供たちは学んでいるはずなので、すごく有益なはずなのだ。大人はこどもが漫画やアニメを見たがったりするのを、無駄遣いと思わずに許してあげるべきだとおもう。なんならお小遣いをあげて、DVDとか、単行本を買ってあげるべきだ。


想像力を刺激したり、いろいろ有益なのは、子供ばかりではないとおもうけど、そういった「生々しくない」作品が成り立つのはリアルとファンタジーの境界だからだ。というようなことを考えていてふと思いつくのは、80年代にやっていたスタジオぴえろ魔法少女もののタイトルだ。


秘密のアッコちゃん、魔法使いサリーとか、魔女っ子ものはあったんだけど、このころの魔法少女は、日常を舞台にして、どこにでもいるような少女が、魔法で子供から大人に変身するというところで、より革命的だった。大人と子供の境界はつまり、ファンタジーと現実の境界でもある。80年当時、ステキなおねえさんに変身というのは、子供心にドキッとした思い出がある。というか女の子向けなので、見るのは恥ずかしくて見ていなかったのだけど、本当は見たかった。それに、子供だけで完結している世界よりも、テーマはひろがるし、大人が見ても共感はできるものとなる。ちなみに名探偵コナンは、高校生から子供にと逆をいくパターンだけどこれもまた、80年代的な意味で優れた設定だなとおもう。


さすがに全部はネットみられないけど、「魔法の天使クリィミーマミ」「魔法の妖精ペルシャ」とかは、いくつかyoutubeにあがっていたりする。シリアスにならないドタバタコメディは、本当に神がかっていると思う。現実にはありえないキャラクターのリアクションとか、そうとうに遊んでいる。コメディとはそういうもんだと、あらためて感じさせる。演出にそうとうなプロがいたんではないかと思う。


90年以降は、ひたすらリアリズムの時代だという感じがあり、アニメや漫画にかぎらず、それまで当然とされていたアニメや漫画の文法が滅んだ気がする。音楽で言えば、歌謡曲が滅んだ。作曲家でいえば筒美京平、作詞家でいえば松本隆阿久悠のような大御所が、曲をつくって歌手が歌うといった分業だったのが、バンドブーム以降のjpop時代になると、シンガーソングライティングの自作自演の時代がやってきた。リアリズムによって切れ味の鋭さや生々しい表現が、できるようになった一方で、失われた部分もあったのではないか。なにか思い当たるだろうか?


00年代になると、さすがにリアリズムも行き詰まりを感じさせるようになり、ゲームやCG的なファンタジーが注目されてきたり、かつてのリメイクものがたくさん出てきたけど、80年代にリアルとファンタジーの区別もつかない子供だったおいらが見たような作品、そういう子供に見せてあげたくなるような作品が、あるかといえば??? 不勉強なだけかもしれない。


リアリティのあるファンタジー、リアリティのある現実を追求するでもなく、あくまで夢と現実、リアルとファンタジーの皮一枚を飄々と行ったり来たりする荒唐無稽さで楽しませてくれた、スタジオぴえろ魔法少女シリーズは、今見ても神だなーと思う。音楽とかもすごくいいし、声優もしゃべりかたもいいし、全部いいよ! だからみんな見ろ、あの良さをわかれ!